東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5891号 判決 1968年1月18日
原告 東邦鉄鋼株式会社
右代表者代表取締役 窪田満位
右訴訟代理人弁護士 松本才喜
被告 成沢光太郎
<ほか三名>
≪被告中二名≫訴訟代理人弁護士 市川渡
主文
一、被告成沢および被告鈴木は、原告に対し、別紙目録記載(一)ない(三)の物件につきなされている東京法務局武蔵野出張所昭和三九年九月三日受付第一一、六八八号の停止条件付所有権移転仮登記にもとづく所有権移転の本登記手続をせよ。
二、被告柳沢および被告斉藤は別紙目録記載(一)および(二)の物件について前項記載の原告の本登記手続に承諾せよ。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
(原告)
主文同旨の判決。(請求の趣旨第一項中、昭和三九年九月三日付停止条件付所有権移転仮登記の受付番号として記載された一一、六八九は一一、六八八の誤記と認める。)
(被告成沢)
原告の請求の趣旨に対してはなんらの陳述をしていない。(後記第三の冒頭参照)
(被告鈴木、同柳沢、同斉藤)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、請求の原因
(一) 訴外多摩中央信用金庫(以下、信用金庫と略称する)は、昭和三九年九月一日、訴外三鷹機械株式会社(以下、三鷹機械と略称する)に対し、左記約定のもとに金三、〇〇〇、〇〇〇円を貸しつけた。
(イ) 三鷹機械は右貸金につき同年同月より完済まで毎月末日限り一〇〇、〇〇〇円ずつ返済する。
(ロ) 三鷹機械が手形交換所においてその振出手形につき不渡処分を受けたときは、右期限の利益を失い残額を即時に支払う。
(ハ) 利息は日歩二銭七厘、遅延損害金は日歩五銭とする。
(二) 前項の貸付にあたり、昭和三九年九月一日、信用金庫と被告成沢、同鈴木との間で、三鷹機械が前項記載の貸金債務を履行しないときは、その弁済に代えて、被告成沢および同鈴木がその共有にかかる別紙目録記載(一)ないし(三)の各不動産(以下、本件物件という)の所有権を信用金庫に譲渡する旨の代物弁済の予約が成立し、右各不動産につき同月三日、信用金庫のために主文第一項記載の停止条件付所有権移転仮登記手続がなされた。
(三) 三鷹機械はその振出手形につき昭和四〇年四月三〇日、東京手形交換所において不渡処分を受けたため、第一項記載の貸金債務につき期限の利益を失うにいたった。
(四) 原告は昭和四一年四月二六日、信用金庫から前記貸金の残元金二、〇二八、九五二円およびこれに対する昭和四〇年一〇月一日以降日歩五銭の割合による遅延損害金債権ならびに前記代物弁済予約による所有権移転請求権を譲り受け、信用金庫のためになされている所有権移転仮登記(主文第一項記載)につき東京法務局武蔵野出張所昭和四一年四月二七日受付第六七七八号ないし六七八〇号をもって権利移転の附記登記手続をした。
(五) そこで原告は、昭和四一年六月一〇日、被告成沢、同鈴木に対しそれぞれ書面を以て前記代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をなし、右書面はいずれも同月一一日同被告らにそれぞれ到達した。
(六) 本件物件中別紙目録記載(一)および(二)の不動産について被告柳沢、同斉藤のために東京法務局武蔵野出張所受付の次の各登記がなされている。
被告柳沢のため
昭和四〇年三月一八日受付
第三四三八号 根抵当権設定登記
第三四三九号 所有権移転仮登記
第三四四〇号 賃借権設定仮登記
昭和四〇年五月一五日受付
第六六三一号 根抵当権設定登記
第六六三二号 所有権移転仮登記
第六六三三号 賃借権設定仮登記
被告斉藤のため
昭和四〇年一一月四日受付第一五五二六号根抵当権設定登記
(七) よって原告は本訴により、被告成沢、同鈴木に対し本件各物件につき所有権移転の本登記手続を、被告柳沢、同斉藤に対し本件物件中別紙目録記載(一)および(二)の不動産につき原告のなす本登記申請の承諾を求める。
第三、請求原因に対する答弁
(被告成沢)
被告成沢は答弁書その他の準備書面を提出せず、本件第二回口頭弁論期日において、甲号各証の成立を認めると述べたのみで、他になんら弁論をなさず、第一回および第三回ないし第一〇回口頭弁論期日に適式の呼出を受けながらいずれも出頭しなかった。
(被告鈴木)
第一項ないし第三項および第五項記載の事実は認める。第四項記載の事実は知らない。
(被告柳沢、同斉藤)
第一項および第二項記載の事実は認める。第三項ないし第五項記載の事実は知らない。第六項記載の事実は認める。
第四、被告柳沢、同斉藤の抗弁
(一) かりに信用金庫と原告との間で請求原因第四項記載の貸金債権の譲渡が行われたとしても、右債権譲渡は次の理由により無効である。
すなわち
被告柳沢は、当時、信用金庫において、貸金債権の回収業務を担当していた同金庫管理第一課長城所辰男と接衝し、同被告と信用金庫との間で、昭和四一年一月二九日
(1) 信用金庫が三鷹機械に対し有する貸金債権は本件物件を売却し、その売却代金から優先弁済を受ける。
(2) その売却処分がなされるまでの間、後順位担保権者の利益を考え、信用金庫は右貸金債権を第三者に譲渡しない。
旨の契約が成立した。
信用金庫が原告に対してなした前記貸金債権の譲渡は右契約に違反するものであり、また、原告も右譲渡禁止の特約のあることを知っていたのであるから、信用金庫、原告間の債権譲渡は無効である。
(二) かりに右債権譲渡が無効でないとしても、当時、信用金庫から物上保証人である被告成沢および後順位担保権者である被告柳沢に対し、右債権につき本件物件を売却の上、できるだけ早く弁済するよう申出がなされ、同被告らはその弁済のための努力を続けていた。原告はこの間の事情をよく知っていたにもかかわらず、信用金庫より右貸金債権の譲渡を受け、ただの一回も弁済を催告することすらなく、突然代物弁済予約の完結権を行使した行為は信義則に反するものであり、原告のなした予約完結権の行使はその効力を生じない。
(三) さらに、原告が前記貸金債権の譲渡を受けたとしても、その金額は遅延損害金を含め二、二八五、六一四円にすぎないものであり、その債権を回収するには、原告のため設定されていた抵当権を実行するのみで充分であり、時価七、〇〇〇、〇〇〇円の本件物件につき代物弁済の予約完結権を行使する必要は全くない。後順位担保権者のあることをよく知りながら、かつ原告が抵当権を実行するのみにとどまるならばそれらの後順位担保権者のすべてが満足に債権を回収しうることをよく知りながら、原告が単に自己の利益のみをはかり、他の債権者を害する目的で、あえて代物弁済予約の完結権を行使したということは、外見上正当な権利行使の様相を示すものの、実際は許された権利行使の範囲を逸脱するものであり、権利の濫用といわざるをえない。よって原告のなした予約完結権行使はその効力を生じない。
第五、抗弁に対する認否
抗弁事実をいずれも否認する。
第六、証拠関係≪省略≫
理由
一、被告成沢に関して
被告成沢は、事実の項に記載したように、原告の主張事実につき明らかに争わないので、民事訴訟法第一四〇条第一項により、原告主張事実(請求原因(一)ないし(五))を自白したものとみなす。
二、被告鈴木に関して
被告鈴木に対する請求原因(一)ないし(五)の事実のうち(四)の事実を除くその余の事実は、同被告の認めるところであり、(四)の事実については、≪証拠省略≫
によってこれを認めることができる。
三、被告柳沢、同斉藤に関して
(一) 昭和三九年九月一日、信用金庫と被告成沢、同鈴木との間で三鷹機械が信用金庫に対し負担する原告主張の貸金債務を担保するため、本件物件につき原告主張のように代物弁済の予約が成立し、同月三日、本件物件につき、原告のため、主文第一項記載の所有権移転仮登記がなされたことについては当事者間に争いがない。さらに、右争のない事実と≪証拠省略≫
によれば、三鷹機械が昭和四〇年四月三〇日手形不渡処分を受けたため、前記貸金債務の期限の利益を失うにいたった事実、および昭和四一年四月二六日、信用金庫から原告に対し、右貸金債権および前記代物弁済予約による所有権移転請求権の譲渡がなされ、翌二七日、原告のため、右所有権移転仮登記につき原告主張のように、権利移転の附記登記がなされた事実がいずれも認められる。そして以上の争のない事実および認定された事実ならびに≪証拠省略≫によれば、原告が昭和四一年六月一〇日、被告成沢、同鈴木に対し前記代物弁済予約を完結する旨の意思表示をなした事実が認められる。
また、別紙目録記載(一)(二)の各不動産につき被告らのために原告主張の各登記がなされている事実については当事者間に争がない。
以上によれば、原告の請求原因事実はすべて認められたこととなる。
(二) つぎに被告らの抗弁について判断する。
まず被告らは、信用金庫より原告に対してなされた貸金債権の譲渡は原告と被告柳沢間の譲渡禁止の約定に反してなされたものであり、原告も右約定の存在を知っていたのであるから、無効であると主張する。しかし、特定の債権につき債権者と債務者以外の第三者との間で、これを他に譲渡しないという合意がなされた場合には、右合意は合意の当事者間にあっては拘束力をもつが、それ以外の第三者に対しては拘束力を有しないから、右合意に反してなされた債権譲渡の効力自体にはなんらの影響を及ぼすものでなく、このことは譲受人が譲渡禁止の合意の存在を知っていた場合にも全く同じである。(ただし、悪意の譲受人は右の第三者に対し不法行為上の責任を負う場合のあることは考えられる)したがって、被告らの抗弁は主張自体理由がない。
次に被告らは、原告の予約完結権の行使は信義則に違反し、または権利の濫用であるから無効である旨主張するのでこの点について検討する。
(1) 債権者が債務者の債務不履行にそなえて債務者または第三者(以下これを合はせて担保提供者という)から抵当権の設定をうけ、同時に債務者の履行遅滞等の場合に担保提供者が、債務の弁済にかえて、右抵当権の目的となっている不動産を債権者に譲渡する旨の代物弁済予約をしておいた場合には、後に債務者がその債務につき遅滞に陥った場合、債権者が抵当権実行の方法を選ぶか、はたまた代物弁済の予約完結権の行使の途をとるかは債権者の自由に委せられているものと解する。多少問題となるのは、右の場合において予約完結権行使当時の担保不動産の時価が債権者の被担保債権額(元利合計金)よりも大きく、もし、債権者が抵当権実行の方法を選んだとすれば、抵当権その他の担保的権利を有する後順位債権者が配当加入その他の方法によってその差額のうちから全部または一部の弁済をうけうる場合である。当裁判所は、この場合においても、債権者はその好むところにしたがって、いずれの権利をも選択行使できるものと解する。かつこの場合の予約完結権の行使自体は、権利の行使として、原則として適法であるから、特段の事情のないかぎりは、それが担保提供者に対する関係においても、はたまた後順位債権者に対する関係においても、信義則違反ないし権利濫用となるものではないと解する。その理由は次のとおりである。
まず、担保提供者に対する関係において考えるのに、右の代物弁済予約なるものは、債権総則編に規定する代物弁済とはその趣を異にし、契約当事者の合理的意思を追及するときは、名目は代物弁済とはいうもの、その実質は、債務者の履行を担保するためになした一種の担保権の設定に外ならず、むしろ、譲渡担保に極めて近似した性格を有するものと考えられる。つまり、担保のためさきに所有権を移転する場合が譲渡担保であり、債務不履行があって後に所有権を移転することを予約する場合が代物弁済予約である。したがって、代物弁済予約においても譲渡担保と同様、当事者間に反対の特約のないかぎり、予約完結権行使の後において、債権者に精算義務があり、上記の差額は担保提供者に返還すべきものである(最高判昭和四二年一一月一六日判決参照)
つぎに、右の場合、予約完結権の選択行使が同一不動産につき抵当権その他の担保権を有する後順位債権者に対する関係においても、原則的には信義則違反ないしは権利の濫用とならない理由を考えるに、後順位債権者は、自己が債務者に融資し、またはこれと取引関係に入るに先立ち、担保提供者の提供する担保不動産には、既に先順位債権者のために代物弁済予約の仮登記のなされていることを知っていたかまた容易に知りえた筈であり、したがって、当該不動産について将来先順位債権者が予約完結権を行使することの可能性をも容認していたものというべきである。通俗的にいえば、後順位債権者は、いはば危険な橋を危険だと知りつつ渡ったものである。のみならず、後順位債権者は先順位債権者による予約完結権の行使を防止する途が全くとざされているわけでもない。すなわち、後順位債権者は弁済をなすにつき法律上の利益を有する者にあたるから、その資力が許すならば、債務者に代って先順位債権者に弁済し、先順位債権者の有していた、予約完結権をその求償債権のために行使しうる地位にある。したがって、先順位債権者による代物弁済の予約完結権の選択行使は、特段の事情のない限りは、後順位債権者に対する関係においても信義則違反ないし権利濫用とはならないものと解すべきである。
(2) しかるに、被告らは、種々事情を述べて、原告の予約完結権の選択行使が信義則違反であるといい、あるいは権利濫用であると主張するので、右に述べた特段の事情にあたるものがあるかどうかを次に考察することとする。
前記争のない事実と≪証拠省略≫によれば、前認定のように、原告が多摩信用金庫から債権を譲受けるまでは、同金庫が本件物件のうち(一)(二)の不動産に対して有する担保権(所有権移転仮登記を含めて)の関係では、いわゆる先順位債権者で原告と被告柳沢および同斉藤は後順位債権者であり、右後順位の三者のうちでは、被告柳沢、原告、被告斉藤の順位にあったが、原告が多摩信用金庫から債権譲渡を受けた結果、原告が同金庫の有していた最先順位の地位を承継したことが認められる。
また、原告が多摩信用金庫から債権譲渡を受けるに至るまでの経緯をたずねるに≪証拠省略≫によれば、被告柳沢、同斉藤らは、三鷹機械に対する債権の回収のため、担保提供者たる被告成沢、同鈴木に対し本件物件の売却処分方を要請し、原告もこれに協力してその売込方に努めたが、買方は五五〇万ないし六〇〇万円位にしか買おうとはせず、それでは、これらの不動産によって担保される債権(約六八〇万)を弁済するにも不足を生じたので右売却の件は沙汰やみとなったことが認められ、また、その後の事情として、≪証拠省略≫によれば、原告および被告は、昭和四〇年一二月頃以前から、かねて先順位債権者である多摩信用金庫に対し、その債権譲受の希望を申出でていたが、同年一二月中頃から被告柳沢は同信用金庫に対し、本格的に債権譲受の交渉を始め、その頃将来の譲受代金の一部にあてる誠意を示す意味合いから、同金庫に対し金一〇〇万円を預金したので、同金庫はその希望を容れて同被告に対し昭和四一年初め頃、残存債権額は二一〇万円であるからその同額で譲渡する、その支払方法は一〇〇万円は即金、残金一一〇万円は六ヶ月間で返済するという条件による譲渡案を提示したが、同被告はこれに対し、即金支払の額は三〇万円とし、残金一八〇万円は同年九月末までに支払うということではどうかと改訂案を出し、結局同金庫は譲歩して、同被告のため右改訂案を呑むこととし、昭和四一年二月初め頃同被告に対し、右改訂案によって債権譲渡の契約をするから、同月五日から七日の間に来庫するよう通知したが、なぜか同被告はこれに応ずることなくその後同年三月一日同金庫に対し、前言をひるがえして右債権譲受の申込を撤回する旨申入れ、同時にさきに預金した一〇〇万円をも払下げたこと、かくして、同金庫はやむなく、被告柳沢同様かねて債権譲受の希望をもっていた同被告の次順位者に当る原告に対し、前認定のように、昭和四一年四月二六日に至って三鷹機械に対する債権を譲渡し、他方原告は、前認定のように債務者三鷹機械がすでに昭和四〇年四月三〇日に期限の利益を失って遅滞に陥っていたので、昭和四一年六月一〇日に担保提供者たる被告成沢および同鈴木に対し代物弁済の予約完結の意思表示をしたことが認められる(ちなみに、債権譲渡についての前認定の事実と前記飛田証言によれば、原告が予約完結権を行使した当時信用金庫から譲受けた債権額は二一〇万円を多少上廻る位であり、また本件三筆の不動産の時価は合計して六〇〇万円位であったと推認される)。
以上認定した事実関係によれば、原告の予約完結権の行使は、自己の正当に有する権利を行使したまでのことであって、被告主張のように、とくに後順位者たる被告柳沢、同斉藤の利益を害するためになしたものとは認め難く、他に原告の右権利行使をもって担保提供者たる被告成沢、同鈴木に対する関係において、はたまた後順位債権者たる被告柳沢同斉藤に対する関係においても、これを目して信義則違反または権利濫用視するに足る特段の事情は証拠上全く認めることはできない。よってこの点に関する被告柳沢、同斉藤の抗弁は排斥を免れない。
四、むすび
以上によれば、原告の被告らに対する請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊東秀郎)